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東京地方裁判所 昭和58年(刑わ)1404号 判決 1983年9月12日

被告人 野川東海男

昭二五・八・一二生 無職

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、有限会社丸実(代表取締役吉田實)が経営する東京都大田区山王二丁目二番一七号パチンコ店「大森ダイヤモンド」では、レシート式自動玉数計算機を設置しており、客において、景品交換に供するパチンコ玉を右計算機に入れ、同計算機が、そのパチンコ玉数を自動的に計算して、その結果を同店の記名のあるレシートに打刻し、そのレシートを使用して景品交換をする、という方法をとつていることから、そのレシート(以下、「景品引換券」という。)に打刻されたパチンコ玉数を改ざん変造して、景品を騙取しようと企て

第一  昭和五八年五月一日午後六時三〇分ころ、同区山王二丁目一番六号キヤビツクビル二階喫茶店「松竹」において、行使の目的をもつて、ほしいままに、かねて右パチンコ店「大森ダイヤモンド」にて取得した景品引換券二枚にそれぞれ打刻されたパチンコ玉数の表示の「1071」と「1102」のうち、いずれも千の単位の数字の「1」を緑色ボールペンで「4」に書き変えて、そのパチンコ玉数を「4071」と「4102」に各改ざんし、もつて、景品引換券二枚を変造したうえ、

(一)  同日午後七時三〇分ころ、右パチンコ店「大森ダイヤモンド」において、同店従業員原田和江に対し、右変造にかかるパチンコ玉数「4071」と記載された景品引換券一枚を真正に作成されたもののように装つて提出行使して景品交換を請求し、同女をしてその旨誤信させ、その場で、同女から、景品交換名下にライター石八箱ほか一点(時価合計一万〇一七五円相当)の交付を受けてこれを騙取し

(二)  同日午後九時一七分ころ、同店において、同店従業員池端仁に対し、右変造にかかるパチンコ玉数「4102」と記載された景品引換券一枚を真正に作成されたもののように装つて提出行使して景品交換を請求し、同人をしてその旨誤信させ、その場で、同人から、景品交換名下にライター石八箱ほか一点(時価合計一万〇二五〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第二  同月二日午後八時ころ、同区山王四丁目七番一〇号やよい荘六号室自室において、行使の目的をもつて、ほしいままに、かねて右パチンコ店「大森ダイヤモンド」にて取得した景品引換券一枚に打刻されたパチンコ玉数の表示の「1832」のうち、千の単位の数字の「1」を緑色ボールペンで「4」に書き変えて、そのパチンコ玉数を「4832」に改ざんし、もつて、景品引換券一枚を変造したうえ、同日午後八時四五分ころ、同パチンコ店において、同店従業員吉村幸子に対し、右変造にかかる景品引換券一枚を真正に作成されたもののように装つて提出行使して景品交換を請求したが、変造景品引換券であることを看破されたため、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(主位的訴因に対する判断)

本件公訴事実の主位的訴因は、前示景品引換券が有価証券にあたる、というにある。

そこで、右景品引換券の有価証券性について検討する。

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件景品引換券の発行目的及び利用状況

有限会社丸実は、前記パチンコ店「大森ダイヤモンド」のみを経営するものであるが、同パチンコ店では、客がパチンコ遊技により取得したパチンコ玉を景品と交換するにあたり、本来、景品交換場従業員において、客の景品交換に供したパチンコ玉数の計算をするところ、従業員の省力化及びパチンコ玉数の計算などで生ずる紛争の防止のため、レシート式自動玉数計算機を店内に設置し、原則として、客において、景品交換に供するパチンコ玉を右計算機に入れ、同計算機がそのパチンコ玉を収納するとともに、そのパチンコ玉数を自動的に計算し、その結果を後記の如き用紙に打刻し、これを客が切り取つて店内の景品交換場に持参し、同交換場従業員は、右紙片(これは通常「景品引換券」とはいわず、「レシート」と呼称されているが、ほかには景品引換券は発行されていない。)に打刻されたパチンコ玉数の表示により、客の景品交換に供したパチンコ玉数を確認して、景品交換に応ずることとし、景品交換に供すべきパチンコ玉数が極めて少ない場合には、右計算機を利用することなく、客が、パチンコ玉を直接景品交換場に持参し、同交換場従業員が、そのパチンコ玉数を計算して、景品交換をする、という方法がとられている。

(二)  本件景品引換券の文書性

右の景品引換券は、前記計算機に内蔵する「毎度有りがとう御座います。当日限り有効。パチンコダイヤモンド」という文字を白地に橙色で横書きに繰り返し印刷してある縦長の用紙に、その日により緑色又は茶色で「05・01」「1071」というように、日付とパチンコ玉数の数値のみを、パチンコ玉を入れる都度横書きに打刻し、その打刻部分を切り取つた、というものであり、その記載部分だけでは、いかなる権利を表彰しているのか必ずしも判然としない。

(三)  本件景品引換券の使用上の制約

右景品引換券は、前記パチンコ店「大森ダイヤモンド」店内でのみ、しかも、発行当日に限つて使用できるにすぎず、これに加えて、一度に二枚以上使用して景品交換を請求することができない、という制約がある。

(四)  他店舗での景品引換券の発行状況など

他のパチンコ店にも、かなりの程度にレシート式自動玉数計算機が普及しており、本件と同様の方法でそれぞれ景品引換券を発行・使用しているが、それらの景品引換券は、これを発行する機械の種類や製造業者により、その形式・体裁を異にしており、そのどれにも「景品引換券」という表題は付されておらず、<1>本件と同様の形式のもの(「毎度有難うございます。本日限り有効。パチンコ店名」という記載に発行日及びパチンコ玉数を打刻したもの)が多いものの、そのなかには、発行番号等を付加してより詳細となつているものもあれば、逆に、簡略化されて、発行名義人であるパチンコ店名を欠くものや、更に、「毎度ありがとう……」という文言さえも欠いて、発行日とパチンコ玉数等の数値のみの記載しかないものもあり、外には、<2>テープ形式をとつて横に細長くなつており、パチンコ玉数等を文字で印刷する代りに、穴をあけるパンチ方式をとり、そのためその数値が肉眼では判読できないもの、<3>景品引換券ではなく「整理券」と表題を付したものなどがあつて、不統一な状況にある。

(五)  景品引換券の流通性

この景品引換券は、譲渡されることを予定して発行されたものではないが、譲渡禁止とされておらず、これが現実に譲渡或は担保等の取引の客体とされているかどうかについては、検察官において立証しようとしないが、前認定の景品引換券の発行目的・使用制限、各パチンコ店で発行する景品引換券の多様性、その文書としての不明瞭性などからすると、この景品引換券自体が、景品引換請求権を化体した独自の有価物として、発行パチンコ店外において、譲渡或は担保等の取引の客体として流通する余地は乏しく、店内においても、客同士で譲り合うことは、ほとんど考えられない(仮に客同士でこれを譲り合いたければ、パチンコ玉自体を授受すれば良く、これを景品引換券化すると、再度パチンコ玉に代えることもできず、また、前記の如き使用制限に引つ掛かつて、かえつて不自由となる)。

ところで、刑法一六二条の立法趣旨は、有価証券が金銭的価値を化体した重要な取引手段であり、経済的機能上通貨と類似の作用を営むものであるため、その有価証券に対する公共の信用と取引の安全を保護せんとするにあるものである。

そして、本件景品引換券は、前認定によれば、<1>本来パチンコ店側において、その従業員が、客の景品交換に供したパチンコ玉数を確認して景品交換に応ずべきところ、専ら、パチンコ店側の省力化及び景品交換にあたり生ずる紛争の防止の目的から、店内にレシート式自動玉数計算機を設置し、客に自ら右計算機を使用してパチンコ玉数を計算させ、そのパチンコ玉数を同機により証明させることとしたものであり、その発行目的から、通常、これを「景品引換券」ではなく「レシート」或は「整理券」と呼称し、当事者間において、そのようなものとして認識され、その発行目的にそうべく、その使用方法も、同一店舗内で、発行当日に限り、一枚ずつ使用することができる、とされているものとみられるのであり、もともと、景品引換請求権を表彰する独自の有価物たるべきものとして発行されたものではなく、また、そのような体裁もとつていないのであり、<2>他のパチンコ店でも、同様に景品引換券を発行・使用してはいるものの、それらの景品引換券は、それぞれ独自のものであつて、不統一な状況下にあり、なかには有価証券の体を成さないものもあり、<3>これらの景品引換券が、発行パチンコ店外及び店内において、独自の有価物として、譲渡或は担保等の取引の客体とされている様子もみられないのである。

そうすると、このような景品引換券は、<1>その発行目的・体裁などにおいて、本来景品・役務の提供などと交換することを目的として発行された「賞品券」「車券」「勝馬投票券」「宝くじ」「クーポン券」「定期乗車券」などと異なり、また、<2>発行当事者間のみで使用され、流通性がみられない点において、購入者以外へ拡散・譲渡されるのが常態である「商品券」などやそのようなことが間間ある「鉄道乗車券」「急行券」「観覧券」などともその性質を異にするのであつて、刑法一六二条の有価証券に該当せず、同法一五九条二項の有印私文書にとどまるものというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち各有印私文書変造の点は包括して刑法一五九条二項、一項に、各同行使の点は各同法一六一条一項に、各詐欺の点は各同法二四六条一項に、判示第二の所為のうち有印私文書変造の点は同法一五九条二項、一項に、同行使の点は同法一六一条一項に、詐欺未遂の点は同法二五〇条、二四六条一項に各該当するが、判示第一の有印私文書変造と各同行使と各詐欺との間、並びに、判示第二の有印私文書変造と同行使と詐欺未遂との間には、それぞれに順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により結局それぞれを一罪として、判示第一の罪については刑及び犯情の重い池端仁に対する詐欺罪の刑(ただし、短期は同人に対する変造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で、判示第二の罪については重い詐欺未遂罪の刑(ただし、短期は変造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い池端仁に対する詐欺罪の刑(短期は前同)に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥林潔)

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